誰にでも平等に訪れる、大事な人とのお別れ。
突然のこともあれば、だんだんとその瞬間が近づくこともあります。どちらの場合「心をこめて送ってあげたい」と思う気持ちは同じでしょう。
私の母はまだ元気です。しかし、いつ「その時」が来てもおかしくありません。
母は自分の葬儀についていくつかの希望をもっています。ばたばたした葬式にはしたくない、親族と仲のいい山登り友だちを呼んで、こじんまりとした自分らしい式にしたい、と言っています。
菩提寺をもたない母子ですから、面倒な宗教のしがらみもありません。母のために、母が喜ぶ自由なセレモニーを準備しておきたいと思い、お葬式についての情報を集めることになりました。
具体的に葬儀について考えることになったきっかけは、叔父の突然の死。
直前までは元気で、「これからはのんびり釣りをして暮らすヨ」と言っていたのに、定年を間近に控えた朝、布団の中で動かなくなっていたそうです。
あわてて実家に帰省し、お通夜から火葬までの丸2日間、私は叔父の姉である母にずっと付き添って過ごしました。
通夜の席には着崩れしかけた喪服を直す余裕もなく、泣きはらした目と真っ赤な鼻のまま、親戚の間を歩き回って頭を下げ続けていた叔母の姿がありました。
「急だったから何も考える余裕がなくて。大丈夫?ごちそう足りてる?寒くない?ごめんね」
そんな叔母の様子を見た母は、「自分が死んだときのことくらい考えとこうかしらね」とつぶやきました。
半年後久しぶりに会った母は、一気に老け込んでいるように思えました。
健脚自慢で山登りが好きだったのに、お茶を淹れるためにキッチンに立つ足元は少しふらついているようにも見えました。
母が「その時」について考えているのであれば、苦労をかけ続けた娘として、せめて最後は心配なく送り出してあげたい。その用意をしても良いかもしれないと思い至りました。
それから母の住む大田区で、望むような葬儀を行なえる業者を探しました。数社ピックアップして事前相談に行き、お任せしたいと思える葬儀社にめぐり合ったのです。
突然の別れに、取り乱してしまうのは仕方のないことです。けれど、後悔せずにおくりだせるように準備をしておくことは、心の負担を軽くします。このサイトが、私と同様、生前予約を考えている方のお役に立てば幸いです。