わたしたち人類に最も近い近縁種とされるネアンデルタール人は、6万年以上前から死者を葬る墓地を作っていたといわれています。
発掘された骨の横に花が供えられた跡も発見されていることから、すでに身近な人が亡くなった時に自然に湧いてくる悲しみや死者を悼む気持ちを、何らかの儀式で表現していたのでしょう。
日本では「古事記」や「日本書記」に、お葬式について記されています。当時は医者のように死を宣告する者がいないので、生と死の境目があいまいでした。
人々は、息をしなくなってから体が滅びはじめるまで、死者を生きている人のように扱って食事を供え、かなり長い時間をかけて歌ったり踊ったりしながら様子を伺い、徐々に死を受けいれていたようです。これは現在のお通夜の元で「モガリ」といいます。モガリが過ぎると棺は葬列で送られ、土葬されました。
死者の霊は生きている者に悪影響を与えるかもしれないという恐怖心から、古代の人は死や死体をけがれたものと考えていたようです。
霊が悪さをしないよう鎮めるために行う儀礼が日本のお葬式の始まりです。ただし、儀式を行うのはおもに身分の高い人々だけ。平民たちには霊魂の存在すら認められていませんでした。
現在の葬儀につながるきっかけになったのが仏教の伝来です。身分格差のあったそれまでのお葬式と違い、どんな人の死も意味があり、みな仏の弟子として迎え入れられるということが説かれると、ぞんざいに扱われていた平民の死も大事に扱われるようになり、読経や火葬が普及しました。
江戸時代になると、葬祭をお寺にお願いする代わりに維持費を出すという現在の檀家制度が確立します。
キリシタン禁制が盛んな頃には檀家の家族構成などを証明する「寺請制度」ができてお寺が地域住民の戸籍の管理をするようになるとともに、お葬式は仏式が主流になりました。明治以降に制度は廃止されましたが、お寺とその檀家という関係は残り、現在の葬儀につながっています。